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消極的だが反戦行動をしたひいおじいちゃん [先祖]

コモモのパパのパパのパパ=ひいおじいちゃんは、
おじいちゃんが2歳の時亡くなりました。
東北の大きな商店の息子だったのが、
お金をもったまま出奔したと
おじいさんから聞いていました。
一か八かの賭け事遺伝子があるから、
コモモも賭け事には近付かないように注意しないと、と夫婦で話していました。
ところが、最近急にパパが思い出したのは
ひいおじいちゃんがなぜ逃げたか。

戦争がはじまって赤紙(召集令状)がきたからにげた。
その後も赤紙を逃れて住居を転々とした
というのです。

店のお金を持って逃げたというと、
すごく悪い人のイメージで、
だからこそおじいちゃんも
ほとんどそのことに触れたことはないのですが、
赤紙いやさに全国を転々とするのは、
その時代なら非国民とよばれたことでしょう
戦争に賛成して喜んで(少なくても表面上は)兵隊に行った人がほとんどのなか、
それに逆らってずっと逃げ回るとは。

それはそれで、消極的ではありますが、反戦行動といえないでしょうか。
パパは彼はただの臆病な人だよ、と言っていましたが
どうしてどうして、
臆病ならなおのこと、世間の目が怖くてみんなと同じことをしたでしょう。

兵隊にとられたくない、という一心で逃げ回ったなら、
それはそれで、一本筋が通っていませんか。

ひいおじいちゃんが亡くなった後、ひいおばあちゃんは苦労して5人の子供を育てあげ、
長男のおじいちゃんも家計を助けるため、中学を出ると浜松で自衛隊員として働きはじめたそうです。
戦後の厳しい状況で女手一つで子育てをしたひいおばあちゃんの苦労
勉強したかったのに中卒で就職せざるをえなかったおじいちゃんの気持ちを思えば
おじいちゃんが父親の事を話したがらないのも無理はありません。

でも、本当にひいおじいちゃんは悪人だったのか。
私はもしかしたら、
彼はヒーローだったのかも、と思っています
反戦運動をしたわけではないし、
そういう意見を公に発表したわけでもない
名前が歴史に残ることもない。
でもあの時代
最後まで逃げぬくことができた人がどれくらいいたのでしょうか
ついていったひいおばあちゃんも
えらかった。

あと何年かして
コモモがそういう話をできるようになったら、
おじいさんと話してほしいと思います。
嫁の私や息子では、
彼のことを話題にすると不機嫌になり、そこまで話ができないのです


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